歴史の浅いアメリカの食文化で、こだわった専門料理店なんて…とお考えの方はまだまだいるはず。世界各国のこだわりの食が集まる「食の都」ニューヨークには、ステーキ専門店やピザ屋などの老舗をはじめ、今では一品に愛情と技術をつぎ込んだバラエティー豊かなキラ星専門料理店がたくさん。是非一度は試してみたい、ニューヨークのスペシャルティーレストラン(専門店)をいくつかピックアップ!まず、前編の今回はLower Eastsideで注目を集める最新のミートボール専門店、「The Meatball Shop」をご紹介します。
今年の2月にオープンした「The Meatball shop」は、活気の溢れるロウアー・イーストサイドにある。ジェネラルマネジャーのマイケル・チャーナウとシェフのダニエル・ホルツマンが手がけるこのニューヨークで最もホットな最新のミートボール専門店だ。環境にも優しくと、廃材を再利用している店内はウッド調のテーブルとクラッシックな内装で統一され、29席のダイニング席と11席のバーカウンターは常に人で賑わう。ディナー時には1時間近く待つということもざらにある。
キッチンを完全に取り仕切るダニエル、そして、ダイニングエリアでスタッフをコントロールするマイケル。この2人の出会いは、まだお互いレストラン業界で名を馳せるとも予想すらしていなかった10代の頃までさかのぼる。
実は2人はティーンネイジャー時代からの友人だ。ダニエルは15歳の時にLe Bernardinでのアルバイトを皮切りにNYの著名レストランを渡り歩いた。料理学校を卒業後、フレンチの巨匠、ジャン・ルイ・パラディンにその能力を買われ、LAに活動の場を移した。その後の10年間は西海岸を拠点に様々な著名レストランを渡り歩き、エグゼクティブシェフとして経験を積む。また、マイケルは1996年から食の世界に足を踏み入れた。セレブの避暑地で有名なイーストハンプトンとNYのバーでバーテンダーとして活躍した後、LAに移住。「Woo Lae baa」の一号店にてバーを任された。その後の7年間はイーストビレッジの人気レストラン、「Frank on second Avenue」のバーのオペレーションに携わった。
(左)マネージャーのマイケル、(右)シェフのダニエル
そして運命の時が訪れた。2年ほど前にマイケルの能力を買って、レストランをオープンしないかと提案する投資家が集まった。このチャンスを逃さずに入られないと、シェフとなって西海岸で活躍するダニエルにラブコールを送り、このコンビが誕生した。二人の当初の計画は、ロウアーイーストサイドに今までになかったコンセプトのレストランをオープンすることだった。物件がほぼ決まり、そのロケーション付近にバーが点在することがわかった。それらのバーでたむろする空腹な人々に、テイクアウト感覚で簡単に料理を提供できれば人気がでるのでは?という発想から、アメリカ人になじみの深い料理ということで、ミートボールを提供するというアイデアから生まれた。ミートボール専門店としてではなく、レストランの提供する一つのサービスとしてスタートする予定だったのだ。
夜な夜なテイスティングが重ねられ、こだわりのミートボールが誕生した。しかし、諸処の問題から予定していたロケーションでの開店を断念せざるを得なくなってしまった。そして、現在の場所を新たに見つけることとなった。この新しいロケーションでは、最初のコンセプトを使うのは無理だと断念し、結果としてメニューを作り込んだミートボールに特化した専門店をオープンする事となった。「今でももちろん最初のコンセプトでレストランをオープンすることは考えているよ。でも今はこのミートボールの店をきちんと育てていきたいんだ。」とマイケルは語る。
専門店と呼ぶにふさわしく、この店のメニューはシンプルにまとめられている。基本は4種類のミートボール(クラッシック・ビーフ、スパイシー・ポーク、チキン、ベジタブル、と4種類のソース(クラッシック・トマト、スパイシー・ミートソース、マッシュルーム・グレービー、パルメジャン・クリーム)。これに週のスペシャルが加わる。これらのミートボール(4個で一人前)をそのまま食べるスタイル、又はバケットに挟んでヒーローサンドとして、もしくはブリオッシュのバンに挟んでスライダー(ミニ・バーガー)として頂く事ができる。追加でオーダーができるサイドディッシュには、リゾット、スパゲティー、マッシュポテトなどお腹を満たすもの、そしてグリーンマーケットから仕入れたフレッシュなサラダやローストした野菜など。ミートボールの下に敷いてもらうか、サイドに添えてもらうかを選ぶ。
「アメリカ人にとってミートボールは子供の時から知っているとても慣れ親しんだ食べ物なんだ。お年寄りから子供まで誰だって食べられる。そして、とってもシンプルな食べ物。だから、良質な素材の良さを十分に感じられるんだ。使用する材料もシンプル。高級な食べ物の場合、素材をこだわるとコストもかなり上がってしまう。ミートボールはハイクオリティーにしてもコストを押さえられて、誰にでも手の届く庶民的な食べ物なんだ。」また、「素材とレシピをしっかり管理すれば、安定した商品を常に提供できる。店舗展開だって可能だね。」とマイケルは語る。
ミートボールはどれもジューシーで柔らかい。そして、肉の旨味がしっかりと詰まっている。濃厚であるが、くどすぎず、どのソースとの相性も抜群だ。ミートボールを食べ終わると、そこにはもったいないぐらいのソースが残ってしまう。そんな時には心配ご無用。備え付けのフォカッチャで拭い取って、しっかりと最後まで楽しめるのだ。ヒーロサンドに使用するパンは外側がカリッとしていながらも、中身はふんわり。挟まれたミートボールをしっかりと受け止めてくれる。一口ほおばれば、肉と共にソースの風味がジュワッと口の中に広がる。
一番人気のクラッシック・ビーフのミートボールにクラッシック・トマトソース
バラエティー豊かなサイドオーダー
ヒーローサンドはかなり満腹感を得られる。このクオリティーと素材で$9とは驚きだ
うるさい店内でも正確にメニューが伝わる様、また時間をセーブできるようにと、客がペンでチェックマークを入れる書き込み式のメニューを採用。紙を使用しないため環境にも優しい。
仲のよいスタッフは愛想良く店内を駆け回る。「この店をオープンする準備の中で一番難しいかったのはスタッフを集める事だったよ。お客とやりとりするウェイターは特にお店の顔にもなるからね。」とスタッフの面接での苦労を笑いながらマイケルは話す。
「ニューヨークで自分のアイデアを実現するコツは?」という問いかけにマイケルはこう答えてくれた。「必要なのは、運、経験、そして情熱。でもなにより重要なのは"度胸”だね。いくらいいアイデアがあってもそれを形にするための思い切りの良さが一番大切だよ。」
近々ミートボールの料理本の出版予定もある、ますます勢いに乗るレストランのオーナーの言葉には揺るぎない自信と説得力が満ち溢れていた。
クールな表情が印象的なダニエルだが、実はユーモア溢れる愉快な人。スタッフとの談話に笑いが耐えない。